シニア3年目の古庄紀彦が8バーディ・1ボギー・1ダブルボギーの「67」で回り、首位と2打差の2位タイで滑り出した。
インからスタートした古庄は、スタートの10番で1メートルを沈めておはようバーディ。14番、16番、17番でも伸ばして折り返す。後半に入っても1番、3番で4メートル。4番で2メートルを決める。「乗ると入る感じでラインが見えていました。ゾーンに入っていた感じです」と、グリーン上に黒っぽいボールより細いラインが浮かび、面白いようにパットが決まってスコアを伸ばした。
続く5番でも1.5メートルのチャンスにつける。「これで8(アンダー)だな」と思った途端に外れると、流れが変わる。6番はラフからの2打目がガードバンカーにつかまって目玉になり、ボギー。右ドッグレッグの7番パー4では、「左からのアゲンスト」の風に乗ってしまい、右のOBゾーンに消えて、ダブルボギー。2ホールで3つ落としたが、最終9番パー5で3メートルを沈めてバーディ締め。悪い流れを断ち切り、「盛り返して乗ってきました」と最終日につないだ。
1日を振り返ると100ヤード付近を残す作戦が奏功。52度のウェッジが冴えわたり、多くのチャンスを演出した。高速グリーンには手を焼く選手も多かったが「4~5戦ぶり」にエースパターの2ボールブレード(オデッセイ)に戻すと、「打ち出しとタッチが合った」とよく入った。ティショットに関しても「7番のOB以外は、割とティショットも安定していました」と、不安はない。
ゴルフの名門、日本大学で腕を磨いた。同期は髙橋竜彦で、宮本勝昌、片山晋呉、横尾要は2学年上、今野康晴は1学年上。「すごいメンバーでした」と4年間、団体戦のレギュラーにはなれなかった。個人戦には出場していたが、4年時には選手と主務を兼務。大学卒業後は、プロを目指して茨城県の筑波カントリークラブの研修生となり、28歳でプロテストに合格した。
レギュラーツアー時代は、プロ23年間で62試合の出場で目立った成績は残せなかったが、シニア2年目の昨年は、賞金ランキング14位で初シード権を獲得したが、シニアになって急に上達したわけではない。
「ずっと自分のペースで努力し続けてきた結果ですね。シニアになったから急激に練習したわけではなくて、一定のリズムで努力してきました」。49歳までレギュラーツアーのQTを受け続け、下部ツアーにも出場してきた。「何かしらチャレンジしてきました」と常に目標を持ち、日々の研鑽がシニア入り後に開花。大学時代、雲の上の存在だった選手たちに1歩も2歩も近づいた。
シード1年目の今季は、開幕戦こそ3位タイに入ったが、「いろいろクラブを替えたい病になっちゃって」とその後はトップ10入り1回と上位に入れていない。シード権維持のためにも終盤に向けてはしっかりと反省をしている。
大会前日のプロアマ大会では、チームスコア19アンダーで優勝したのは吉兆だ。「ダブル優勝したいですね」と1週間で2勝をもくろむ。昨年は「コスモヘルスカップ」でプレーオフに敗れて2位。訪れた初優勝のチャンスは今回こそはモノにしたい。