「第13回マルハンカップ太平洋クラブシニア」の舞台となる太平洋クラブ御殿場コースで、一年半ぶりの試合復帰に挑む芹澤信雄(せりざわ・のぶお)の姿があった。
今年67歳を迎える芹澤は第1回大会からマルハン太平洋シニアに10年連続で出場。ここ2年はケガの為に試合を休み、体の回復に努めていた。
プロ生活は44年目。長い期間トーナメントで活躍し、レギュラー5勝、シニア1勝、グランド1勝と現役プレーヤーとして戦っているが、ケガに向き合う時間も増えてきた。シニア入り前の47歳で肩の手術、58歳で人工股関節手術、そして昨年は膝の大手術を乗り越え、こうして試合復帰を決意した芹澤は、笑いながら「もうね、サイボーグです」と自分の体を表現した。
「ただね、内臓は元気ですし、口も元気です」。笑いながら話す芹澤には、トッププロとして戦い続けてきたプライドものぞかせた。試合を通じてゴルフの技を披露し、プロとしての姿を見せ、ゴルフの魅力を広めることこそがプロゴルファーの務め。「やっぱり試合にでるからには、下手なゴルフは見せられない」というプライドを超え、自分の中で納得できる確信があるからこその出場でもある。
期待に胸を膨らませながらも「プレーできる喜びはもちろんあります。でも正直に言えば、不安の方が大きいですね」と心配もなくはない。芹澤には、この日を迎えるまで長いリハビリの日々があった。
芹澤は2018年8月に人工股関節の手術を経験。そして近年は右膝の痛みに悩まされてきたこともあり、2025年2月には半月板の手術を受け、一時は症状も改善。しかし状態が良くなったことで練習を再開した結果、変形性膝関節症が進行していることが判明。昨年10月には再び大きな手術を受けた。それは自分の骨を切って角度を調整し、傷んだ部分への負担を軽減する大手術だった。
「人工関節にする選択肢もありました。でも、ゴルフを真剣に続けるなら、自分の骨を残した方が3次元の動きに対応できると勧められたんです」。骨が完全に固まるまでには一年近くかかると診断。現在も膝にはプレートが入った状態ではあるが「プレートによる突っ張り感はまだあります。でも、痛みはないですから」と自覚している。
術後は徹底したリハビリに励んだ。スクワットを中心とした筋力トレーニングに加え、自転車やプールで体を動かし続けた。
「右脚の筋肉が本当に落ちていましたからね。でもだいぶ戻ってきました」。明るい兆しを感じつつ、7月には医師からようやく練習再開の許可が出た。
最初は太平洋C御殿場Cにある自身の経営するゴルフアカデミーで数発ボールを打つ程度だったが、予想以上に打てたことで復帰への期待も膨らんだ。ところが実際のコースに出ると、「ゴルフ場は平らじゃないんですよ。傾斜地で踏ん張るのが本当に難しい。改めてゴルフの難しさを感じました」と練習場との違いを痛感する。
それでも今月初旬に開催された静岡プロゴルフ選手権に挑戦する機会が巡ってきた。地元開催、そして年齢区分された“グランドの部”出場ということでトレーナーや仲間たちのサポートも受けられる環境の中、コンディションを確認することができた。
「意外とできたんです」と結果は優勝。「いやー、年齢的には僕が一番若いから」と言うものの、懸命なリハビリの姿をそばで見てきた仲間は「芹澤さんの努力が結実した成果です」と優勝を飾った姿に感激する。
術後の手ごたえを掴みながら、「僕のゴルフの原点」と芹澤が言う復帰戦の舞台として選んだのが、御殿場だった。
プロ入り当時から太平洋クラブ御殿場コースは特別な存在だ。ここで開催される太平洋マスターズに憧れ、その舞台に立つことを目標にゴルフに打ち込んできた場所でもある。
さらに現在は御殿場でゴルフアカデミーを運営するまでになり6年目を迎える。「御殿場小山ゴルフアンバサダー」としても地域のゴルフ振興に携わるなど、深い縁で結ばれている。「もうホームタウンみたいなものです。本当にここで復帰できたらありがたいなって」。
試合になればコース全体が特別な雰囲気に包まれる。「選手たちも興奮していますよね。シニアになって初めてこの特別な舞台を踏む選手もいますから」と数々の伝説を生んだプロトーナメント会場に思いを馳せる。復帰に対しては楽観視せず「もし炎症や熱を持ったらやめるように」という忠告も受け止め、体がどのような反応を示すかを感じたい。
「まだ何が起きるか分からないですし、不安もあります。でも、ゴルフができる状態になっただけで、今は十分うれしいですから」。
一年半に及ぶリハビリの日々。期待と不安が入り混じる中、それでも前に進もうとしている。その一歩を踏み出す場所が、ゴルフ人生の原点である御殿場であることに、大きな意味がある。
芹澤にとっての復帰戦。グランドの部の戦いは、強者ばかりで不安もある。それでも芹澤の挑戦を、地元御殿場を含め、多くのファンが見守っている。