関東プロゴルフゴールドシニア選手権は、2度目の挑戦。昨年大会では永久シードプレーヤーの尾崎直道に優勝を譲ったが、今年はライバル尾崎の不在には物足りなさもあった中、雪辱を果たした―――。
レギュラーツアー2勝、シニアツアー5勝を誇る69歳の大ベテラン"渡辺司"が、病を乗り越えて再び優勝カップを掲げ「すっごく嬉しいですよ」と素直に喜んだ。
今年の会場“烏山城カントリークラブ”は過去に日本プロや日本女子オープンも開催された難コース。渡辺は「僕らは年齢を重ねて前方のティーを使わせてもらっている」とはいえ、「ボギーはなくならない」と現実を受け止めていた。だからこそ「ボギーの数より1つでも多くバーディを取ろうと思って」と狙いがあった。
シニアツアーメンバーとして活躍していた渡辺が「多発性骨髄腫」を発症した2023年。治療に専念するためツアー離脱を余儀なくされた。2024年9月に競技へ復帰したものの、当時は思うように体が動かず、「去年の今頃はボールも飛ばなかったし、人前でプレーするのも恥ずかしいと思った」と振り返る。それでも「諦めたらできなくなる」と自らを奮い立たせる。
「やっぱりね、去年の今頃は本当にヨロヨロボールで、ヘロヘロヘロロってしか飛ばない。こんな姿のプレーを人の前でやるのは恥ずかしいって気持ちがないわけじゃないのよ。でも、それを諦めたらできなくなっちゃう。恥ずかしいけど、あのままをみんなの前でさらけ出しちゃえってね」と、コースに立ち続けてきた。
スコアが求められるプロの世界。渡辺は「しょうがないと思ってた。思ってるんだけど、やっぱり”80”ってスコアはね、あんまりこう精神的には受け入れにくい。それでもなんとかこう “80”の一歩手前で受け止められるように強く思えるようになってきた」と結果ででてくる数字との葛藤もあった。
今回の優勝は、そんな苦しい時間を乗り越えた先にたどり着いた結果だった。
年齢と病気の影響で飛距離は以前ほどではない。7000ヤード近いセッティングではフェアウェイウッドを多用する場面も増えたという。それでも「まだ届くうちは方法がある」と前向きだ。最近では「どうせ無理だろう」と考えていた頃とは違い、「なんとかなるんじゃないか」と思えるようになったという。
現在も病との闘いは続いている。定期的な点滴治療を受けながらツアーを転戦し、時には試合スケジュールの合間を縫って病院へ向かう。血液中に現れていた異常タンパクは検出されなくなったが、再発防止のため治療は継続中だ。
担当医からは「ゴルフも練習もしていいが、疲れるのはダメ」と言われている。そのため長時間の練習や激しいトレーニングは控えながら、コンディション管理を最優先に競技ゴルフに取り組んでいる。
そんな渡辺を支えているのが、多くのスポンサーや関係者の存在だ。
「日本プロシニアのスポンサーでもあるTSUBURAYA FIELDSの会長さんが『大切な人だから、成績なんか関係ない。お前がゴルフ続けてれば、俺は応援するんだよ』って言ってくださった。そういう人たちが僕みたいな人間をそう言って支えてくれてる人たちがいらっしゃるんでありがたい」としみじみ語る。
「サポートが優勝につながりましたって、ご報告が、僕ができる小さな、小さな恩返しだと思います」。話しながら自然と頭も下がる。
そして視線の先には、9月に開催されるコスモヘルスカップ日本プロゴルフゴールドシニア選手権は、大会ホストプロとしての挑戦が待っている。渡辺は”健康サポート契約”を結ぶ契約選手で、自宅でもコスモヘルスの最新製品を使って、身体のケアに取り組んでいるところでもある。「日本大会に向けて、これからの試合は全部練習ラウンドのつもり」と語る表情には、再び頂点を目指そうと闘志がみなぎっている。
「優勝争いが一番ワクワクする」と渡辺はそう言って笑う。年齢を重ねても、勝負の緊張感は特別なものだという。「ワクワクが大事。ドキドキから逃げない。不安なドキドキもあるけど、目を背けない。今ある状況に向き合うしかないからね」。百戦錬磨のプロゴルファーだからこそ、実体験に裏打ちされた言葉で語った。
69歳になってもなお挑戦を続ける渡辺司。「病気をしてから、人に支えられていることを以前より強く感じるようになった」と、元気にゴルフを続ける姿を見せることが恩返しだと考えている。
ゴルフに懸命な姿は、勝利以上の価値を多くの人に伝え続けてくれる。