
「スターツシニア」の初日は、田中秀道が7バーディ・1ボギーの「66」を叩き出し、6アンダーで単独首位発進を決めた。今季シニアツアー3試合目にして、初めての60台。そして、タイを含む首位で初日を終えるのは2010年のレギュラーツアー「カシオワールドオープン」以来、15年ぶりのことだ。
1998年の「日本オープン」を含むレギュラーツアーで通算10勝を挙げている田中だが、「切り返しでアッとクラブが消える感じ。自分の頭の中の感覚と足の動くタイミングが合わずに、運動会でコケるお父さんみたいな」と、この20年は極度のショットイップスに悩まされてきた。右に打ち出して戻ってくる切れ味鋭いドローボールを武器としてきたが、右に出たまま返ってこない。
「ドライバーはシャンクみたいな球でスライスして隣の隣のホールまで行っちゃう。フェアウェイ真ん中からショートアイアンでも隣のホール、サンドウェッジでも隣のグリーンに乗ったりするケースが多かった。OBが止まらないので、スコアでいうと『120』が切れないときもありました」。

そのため、近年はレギュラーツアーやシニアツアーのコースセッティングを担当したり、中継の解説を中心に活動してきた。シニア入りして活躍する年下の宮本勝昌や片山晋呉のプレーを、コースセッティングアドバイザーや解説者の立場で「すごいな」と思いながらみていた。自分が一緒に競うイメージはまったく湧かなかったのだ。
そんな田中を救ったのは、力のない女性が使うシャフトが軟らかい「グニャグニャのクラブ」。昨年の4月に練習場で打ってみたところ、飛距離は出なくても、つかまってフックボールが返ってくる。世界最高峰のPGAツアーで戦っていた20年前とは、柔軟性や筋力が違う。「体でため込んでしなりを出すのができないので、シャフトをしならせれば何とかなるというのが分かりました」。ついに復活の糸口をつかんだ。
実戦の機会は昨年11月に訪れる。主催者推薦で2日間競技の「コスモヘルスカップ シニアトーナメント」に出場。それが実に3年ぶり2度目のシニアツアーだった。田中の自信は確信に変わる。初日は2バーディ・1ボギーの「71」で回り、2014年4月5日の下部ツアー「Novil Cup」2日目以来、およそ10年ぶりに試合でアンダーパーをマーク。そして、最終日は「68」と2日間アンダーパーを並べ、トータル5アンダー・9位タイ。2009年のレギュラーツアー「三井住友VISA太平洋マスターズ」以来、実に15年ぶりにトップ10フィニッシュを果たした。

試合で戦えるショットを取り戻して臨んだ今年3月の「PGAシニアツアー予選会・最終予選会」。ここで20位前後に入れば、今季のシニアツアーにコンスタントに出られる。田中は15位タイで見事に出場権を掴んだ。「本当に出られるようになっちゃった。そういう状態でした」。再びツアーにフル参戦できる。「1年前に打てなかった人間が、試合にいけるようになったけど、なかなか準備ができていなかった」。
およそ20年ぶりにショットが復調し、念願のシニアツアー出場権を手に入れたのに、「よし、やってやるぞ」と心にスイッチが入らない。そのままシーズン開幕を迎えた。田中のシーズン初戦は40位タイ、2戦目は45位タイ。合計5ラウンドしてアンダーパーは一度もなかった。「急に『戦って』、『頑張って』みたいなことを言われている感じで、自分が追いついていなかった」。
そうして迎えた今大会。グニャグニャクラブから徐々に硬くして調子を取り戻してきていたが、どんどん振れるようになったことで、アイアンのタイミングが合わなくなっていた。そこで前の試合ではフレックスSを挿していたが、今週はフレックスをXにして1番手ズラした。本来7番アイアンに挿すシャフトを、ヘッドの少し重い8番アイアンに挿すことによって少し軟らかく感じる。つまり、Sより少し硬い“SX”のような振り心地になるのだ。

シャフトとともにマインドもチェンジ。「『まだまだ僕はダメです』なんて言ったら、すべてに対して失礼になる。このファーストラウンドは、『早く戦える状況にしたい』という思いでした。振りたいように振ったら、狙ったところに飛んでいく。そういうのが一発でも増えれば絶対にいけると思っていた」。シャフトを硬くしたことでショットの精度が上がり、終わってみれば単独首位に立っていた。
大会は残り2日間。全盛期のプレーを知るファンなら、2001年以来のツアー優勝を期待してしまう。「よーし、このまま行ってやるぞっていう熱いものはまだ出てこない。うまくいかなかった20年が長いので、とにかく前に進んだなと思える3ラウンドにしたい。結果として、明日のラウンドが終わったときに『優勝狙いたいです』と言えたらいい」。そう淡々と話しながらも、表情には熱を帯びている感じもある。
最後に今シーズンの目標を聞いてみた。「1試合でも早く『宮本やったろうかい』みたいな(笑)。全然無理という感覚でいたのが、ちょっと先輩行っちゃおうかっていうところに早く行きたい。そこに大丈夫な田中秀道がいると信じたい。20年まったくダメだったくせに、それは信じたいなと思っています」。
“自信”のメーターは昨年から日に日に高まっている。闘志あふれるスター選手の復活は近そうだ。
