昨年の「PGAシニアツアー予選会・2次予選会」で敗退し、今季のツアー出場権を持たない日下部光隆が、主催者推薦でこの最終戦に出場している。日下部にとっては今年初めてのシニアツアーで「仕上げ方も間違えてきて、本当に調子が悪くて」という状態で鹿児島に入ったが、初日は5バーディ・1ボギーの「68」の好スコアで、トップの宮本勝昌とは1打差の4アンダー・2位タイで滑り出した。
2018年にシニアデビュー。レギュラーツアー時代に通算3勝を挙げた実力者も、シニアでは優勝したことも、賞金ランキング30位以内に入ってシードを獲ったこともない。今年はシニア初出場で、昨年も4試合の出場にとどまっている。「シニアの中だと飛ばないわけでもないですし、『もっと、もっと』という気持ちが強すぎたのかな。ビッグスコアを出そうとしていた」と、ここまで上手くいかなかった原因を分析している。
そこで今週は「ショットが悪いし、謙虚にいったのが良かった。一個一個パーを拾って、ボギーをなるべく打たないゴルフです。けっこういい所からセーフティに打ったショットがバーディにつながったりもして、いい流れをつかめました」と、コースマネジメントを替えたことが奏功した。
また、今回は家族4人で鹿児島に来て、中1の長男、羽琉(はる)くんが初めてキャディを務めている。「本人は最初やりたくなかったんですけど、夫婦でプロゴルファーなので、ある程度経験させたいというのもあって、いいチャンスだなと」と、自分のプレーしている姿を間近で見せるのが狙い。だからこそ、「恥ずかしいプレーをしたくないので、ピンチも何とかしのがなきゃって」と、丁寧なゴルフを心がけた。小4の次男、世凪(せな)くんもロープの外から父親のプレーを見守っていた。
日下部の妻は98年の「JLPGA新人戦加賀電子カップ」を制した女子プロゴルファーの片野志保。2人の子どもたちはクラブこそ握ったことはあるものの、羽琉くんは中学校で生物部、世凪くんは少年野球と、本格的にゴルフをしているわけではない。「本人がやりたいことをやらせたい」というのが日下部家の教育方針なのだ。
「入れれば最終組というのが分かっていた」。1番スタートの最終組で回った日下部が、最終18番パー5のバーディパットを沈めて2位に順位を上げると、近くにいた羽琉くんは派手にガッツポーズ。1日キャディとして父のプレーを見守り、そのゴルフにかける思いが伝わっているようだ。これで明日の2日目は、今シーズンの賞金王を確定させている宮本と最終組で回ることとなった。「宮本君と片山(晋呉)君は今のシニアでトップ選手なので、一緒に回ってみたいと思っていた。その目標の1つはクリアしました」と充実した顔を見せる。
日下部は東京都世田谷区でインドアゴルフスタジオ『WASS』(ワズ)を経営。ゴルフの練習器具の開発・販売もするほか、10年前からパン屋を、2年前からクラフトビールのお店も手がけている。それでも「自分のゴルフを頑張りたい気持ちあって、60歳までやりたい」と、56歳の経営者はツアープロの看板を下ろすつもりはない。
今大会の舞台、鹿児島県のいぶすきゴルフクラブは、1997年に優勝したレギュラーツアー「カシオワールドオープン」が行われた思い出の地でもある。さらに、神奈川県出身の日下部は、プロになったばかり頃にプロ野球で400勝を挙げた名投手・金田正一氏に気に入られ、同氏が理事長を務めていた鹿児島県の祁答院ゴルフ倶楽部に所属していた。鹿児島は15年住んだ第二の故郷なのだ。「気候も良いし、食べ物も美味しいし、家族を連れて夏にも来ています。15年も住んでいたら友達も多いですしね。天文館で飲んでいますよ」。
カシオワールドオープン優勝をきっかけに、今大会を主催するいわさきグループの白露酒造で代表取締役社長を務める岩崎麻友子氏との交流が始まり、「その流れでこの大会には毎年出させていただいている」。この試合が終われば、来シーズンの出場権をかけて「PGAシニアツアー予選会・2次予選会」に出場する。賞金ランキング30位以内のシードを獲るには優勝するしかないが、単独2位なら同50位以内に入り、2次をスキップして来年3月の最終予選に進むことができる。その会場もまた、このいぶすきゴルフクラブなのだ。
「3日間、自分のゴルフをこの子たちに見せられたらいいかなと思っています」。長くツアープロとして戦ってきた父の本当の姿を子どもたちの記憶に残すため、残り2日間を戦い抜く。