最終ラウンドの朝、前日までの秋雨は止み、静ヒルズには太陽の光が差し込んだ。暑くもないが寒くもない。ただ、北風がピンをしならせる強さで吹き荒れて、選手はスコアメイクに苦戦することになる。
首位と7打差の4オーバー26位からスタートした渡辺龍策(51歳・TP-B)が8バーディ・1ボギーと猛チャージで65をマーク。最終組の1時間前にスタートしていた渡辺は、通算3アンダーで首位に浮上し、クラブハウスリーダーに。一方で優勝争いが濃厚とされていた最終組では、2アンダー2位の工藤広治(51歳・B)がプレッシャーの中で粘りのゴルフを続けスコアを1つ伸ばし、通算3アンダーでトップに並んだ。その結果、渡辺と工藤の二人がプレーオフ決戦をすることになった。
18番パー4で決着するまで繰り返し行われるプレーオフ。1ホール目は両者パー。2ホール目は長いパットが寄せきれずに両者ボギー。カップ位置が切り替えられた3ホール目。工藤はピン奥8メートルからのバーディトライが外れる。渡辺はピン横5メートルのバーディパットをミスして両者分け。4ホール目で工藤は再びピン奥8メートル、渡辺はピン横2メートルと、二人は3ホール目とほぼ同じ状況に持ち込んだ。
工藤は「ラインはわかっていた」と強めにパッティングをしたが、ボールは無情にもカップを通り過ぎてしまった。一方で渡辺のバーディパットはジャストタッチでカップイン。4ホールに及んだプレーオフは渡辺に勝利をもたらした。
渡辺はツアー未勝利だが、これまで参加してきたミニツアー競技では、プレーオフ8戦負けなしという自負があった。「プレーオフと言われても、そこまで緊張しないというか、ピンとこないというか…なんとなく勝てるような気はしていました。だからこそ4ホール目のセカンドショットをきっちりと攻めきれたんでしょうね」と述懐する。2日間競技でのプロ初優勝に「シンプルですが嬉しい、とっても嬉しいです」と破顔した。
今年の3月に51歳になり、シニア入り2年目を迎えた。渡辺は40代後半に入ってからシニア入りを楽しみに、ツアー参戦に向けて準備を重ねていた。あらゆるトレーニングも取り入れてやりつくしてきたつもりだった。ところが予選会や公式戦のプロシニアを経験し「シニアに入って、気持ちが落ちたんです」と意外な返答。「必死に取り組んできた練習も全く歯が立たない。試合会場の練習場で『なんでここにいるんだろう』って。ここで練習している自分が恥ずかしかった。何を目指して練習しているのかもわからなくなった」と理想と現実の大きなギャップを埋めるのに苦闘した。
先週出場した日本プロゴルフシニア選手権では「せめて予選カットしないように」と挑んだが、9オーバー101位タイで予選ラウンドで涙をのんだ。2年連続での予選落ちはさすがにショックだった。「練習では自分のプレーができているのに、試合でアジャストしきれない。試合に向いていないんじゃないかとか、これからどうやって練習を続けていけばいいのかって、さすがに落ち込みましたね」と吐露した。
「予選落ちして(神奈川にある)自宅に帰らずに、そのまま茨城で練習をすることにしました。一人でゴルフプレー予約したりして、納得いくまでショットの手ごたえを確かめたりしてました。何か結果を出さないと帰りたくないってね」とティーチングプロシニア選手権までの日々を独りでやり過ごした。
不安な気持ちで挑んだティーチングプロシニア選手権は、大会初日に4オーバーを叩き「やっぱり上手くいかない」と下を向いた。初日の晩に、家族へ電話をかけたら勢いで「一発やってくるよ」と自然に言葉がでた。そうしたら気持ちが吹っ切れて、あれこれ考えずにプレーだけに集中することができた。「不安を考えることをしないようにしたら、あれよあれよという間にプレーが進んでいった。気分よくプレーするために出た自然の言葉だったのかもしれませんね」と振り返り、最終ラウンドではビックスコアの65。これまでの取り組みや、内面への向き合い方がどうやら効用して、一気に優勝につながっていった。
渡辺は28年前にプロテストに合格。トーナメントで活躍することを目指していたが、40代後半に差し掛かったころ、稼ぎ口を増やそうと練習場の仕事に応募。3か所くらい面接を受けたが「ゴルフを教える資格が無い」ことを理由にすべて断られた。「トーナメントプロというだけでは、レッスンの仕事ができない」という現実にショックを受けた。だったら、どんな勉強をすればいいのかと、4年間前に講習会に参加しティーチングプロB級の資格を取得。現在は所属する大厚木カントリークラブでレッスンの仕事を楽しくこなす日々だ。
「メンバーさんだけでなく、メンバーさんの家族にもレッスンをする機会が増えました。家族で一緒にゴルフを楽しむ時間を提供できるというか、そういう意味では所属コースに何か役に立てていれば」と表情も明るい。「資格があるからこそ、自分の声で自信をもってゴルフの魅力を伝えられるようになりました。ティーチングの資格を取得して本当に良かった」。
シニア入りした頃、パッティングの精度を上げようと、一年間左打ちにも挑戦した。結果、右打ちに戻すことになったが、とりあえず実行してみるというのが渡辺のモットーでもある。「この優勝がシニアツアー出場にむけて新しいステップになれば。まだまだできること、やれることはたくさんありそうですね。自分のゴルフも、レッスン活動も」と前を向いた。