「入らないはずがない」。80センチのバーディーパット。フラットのストレートライン。すでにホールアウトし、優勝の行方を見守ろうと18番グリーンを取り囲んでいた選手の誰もが、10回打ったとして10回カップインできる思ったほどのパットだった。
しかし、打ち出したボールはカップ右縁で蹴られ、無情にもカップインはしなかった。パットを外した河野一哉(42・TP-B級)は、その場に立ち尽くした後、プレーオフ勝者の澤口清人(36・B級)に歩み寄り、健闘を称えあう握手を交わした。グリーン上のボールを拾い上げ、クラブハウスへ河野は潔く戻ろうとしたものの、自分の不甲斐なさ、喪失感からグリーンカラーサイドで両膝を折り、深くうな垂れた。
3バーディー・1ボギー70でホールアウトした河野は、通算4アンダー首位タイとなり、澤口とのプレーオフ決戦に駒を進めたのだった。
「何が良かったとか、悪かったとかのない平穏なラウンドでした。もっとパットが入ってくれたなら楽でしたけどね」と河野は振り返った。
18番496ヤード・パー5でのプレーオフ1ホール目。河野はドライバーショットでフェアウエイセンターを的確に捕らえる。ピンまで残り229ヤード。グリーン形状、芝目、ピン位置から「ピン手前か、奥に突っ込むか思案し、手前を選択した」という河野は5番ウッドでイメージ通りのショットを放ち、ピン手前7メートルにツーオンさせたのだった。
一方の澤口はレイアップした3打目をカップ1・5メートルに寄せて来た。「イーグルパットをねじ込んで優勝するんだ」と自分に言い聞かせて打ってファーストパットはカップ手前80センチに止まった。「先に沈めてしまおうと思いましたが、もしかするウイニングパットになる可能性もあるから」とためらい、マークした。澤口のバーディーパットが入るとは限らない微妙な距離。それに比べたら河野のパットはあまりにも短い距離だった。それが、油断と化したのかもしれない。澤口がカップど真ん中から沈めた。河野はボールをリプレースし、構えるやいなやバーディーパットをすぐに打った。痺れを感じる前に入れてしまおうと軽率に、不用意に打ったボールはカップに蹴られてしまったのだった。
「もっともっと力を着けろ!ってことですよね。来年の大会こそ(勝つ)ですね」と苦笑い。そして一瞬、空を見上げ、気を落ち着かせた河野は、少しずつ本心を話し始めたくれた。
「実は今日、息子・晃輝(こうき)の17回目の誕生日なんです。僕にとって忘れられない記念日が一日増えちゃいましたね」
父親として、ティーチングプロ選手権優勝という最高のバースデープレゼントを息子に贈れることはできなかった。だが、自分のゴルフ人生にとって糧となる記念日になったのも事実。
勝負には敗けたが、試合に負けたわけではない。本選では首位の座は分けあったのだ。
一年後、さらに成長した河野のゴルフが楽しみだ。
(PGAオフィシャルライター 伝昌夫)