寺西明(51)が天を仰いだ。最終18番で、70センチのパーパットを沈めた瞬間だった。
多くのプロの先輩たちがその様子を見ていた。「初優勝でしょ、あのパットはしびれるだろうね」とささやき合っていた。本人も、その通りだった。「苦しかったですね。入って、ホッとしました。人生の中で一番高い、値打ちのあるパーパットでした」。その心境を振り返った。
前日まで2位に5打差と大差をつけていた。逃げ切り濃厚だったが、スタート前に体に異変があった。「練習場で打って、今日も調子がよかった。練習グリーンでアプローチショットを打った瞬間に左の背中が急に痛くなって。薬を飲んだんですけど、それが影響したのかもしれない」。
ショットが荒れた。1番で右のラフに打ち込む。2番ではラフから「体のこともあってか飛び過ぎた」と左奥に外して、この大会38ホール目で初ボギーをたたく。5番パー5ではラフを渡り歩き、3パットしてボギー。6番パー3では右に曲げて、アプローチもグリーンに乗らず連続ボギー。この時に「優勝はあかんやろうな」と思ったという。9番ではバンカーを渡り歩いて前半4つ目のボギーで通算8アンダーに後退。2つスコアを伸ばした6打差スタートの東聡に並ばれた。
10番で1・5メートルを入れてようやく落ち着いた。東に1打差で来た最終18番。「普段は人の球は見ないんですけど」というが、2打差の田中泰二郎が大きく右に曲げたのを見て「右だけにはいかないようにしたら、左に行き過ぎた」という。フェアウエーに戻したが3打目は180ヤードも残り、グリーンの下の段に。「18ヤードぐらいあった」というパットを70センチに寄せ、優勝を手繰り寄せた。
プレッシャーでしびれたのでは?「この緊張感を味わいたくて、プロゴルファーになったんですから」という。アマで活躍していたが、シニアツアー出場を目指して、49歳でプロテストに挑戦、合格した。昨年からシニアツアーに参戦。2年目の最後の最後で、念願の初優勝を飾った。
「プロになってからは苦しかったことはありません。それよりも、周囲がみんな応援してくれるし、昨夜もいろんな人から応援のメッセージいっぱいいただいた。プロゴルファーならではです」という。
いまも製造業の会社の代表取締役を務めている。20代の時にはビリヤードで全日本クラスの選手だったことが「球の回転とか、ゴルフに役立っている」という。「仕事の関係でスタートした」というゴルフは30歳から始めた。関西アマ(2014年)はじめ、数々のタイトルを取っているトップアマ。「そのまま悠々自適に行けたんでしょうけど、それはそれ」と、あえてプロの世界に飛び込んだ。
プロになってゴルフのスタイルも変えた。「頭を動かさないとか、左の壁を作るとか、ボールを見ておきなさいとか、ゴルフには止めるところがありますけど、それを全部排除したんです。体が動きたいように動かす。制御を排除した。自分の成長を感じています」と、明かした。
高橋勝成との出会いにも恵まれた。「練習ラウンドで一緒にさせてもらって、51歳にもなって教えてくださいっていうのも恥ずかしいんですけど、いろいろ教わりました。師匠と呼ばせていただけるなら、今年は高橋さんも勝ったし(佐世保シニア)、師匠と一緒に優勝できてよかった」と感謝している。
「これでプロゴルファーとして爪痕を残せました」と、しみじみ。「アマ時代は大将だったんでいろいろやる必要がなかった」が、技術の工夫、人との出会いを生かして、プロの世界で栄冠をつかんだ。
(オフィシャルライター・赤坂厚)