「ゴルフは何が起きるか分からない」。よくいわれる言葉を、加瀬秀樹(57)はやってのけた。「ホント、ゴルフは分かんないね」。
首位清水洋一に6打差、通算2アンダーで最終日をスタートした。1番でバーディーを獲ったきり、しばらく音なし。流れをつかんだのは7番、355ヤードの打ち下ろしホールだった。前日と風が変わりフォローになっていた。「ワンオンを狙ったが、力が入ってしまった」と大きく左に曲げ、林の中に。グリーンは近かったが、木の隙間を通した第2打はグリーン奥のエッジに。10ヤードほど残ったがこれをパターで沈めてバーディー。ピンチを抜けると、8番パー5では第2打でグリーン奥のエッジに運んでバーディー。9番パー3でも奥のエッジに外したが、またパターで10ヤードを沈め、3連続バーディーで通算6アンダーに。
「まだ清水の背中は見えていなかった。チラッとボードを見たら二けた(11アンダー)に行っていたしね」と振り返る。ようやく背中が見えてきたのは11、13番で獲って8アンダーにしてから。「清水が気楽にゴルフをできないようにしたいとは思った」という。捕まえられると思ったのは、16番で2メートル、17番で1.5メートルを入れたときだった。
「18番のボードで清水が11アンダーだった。10アンダーで上がる訳にはいかないと思ってプレーした」という。フォローで飛んだティーショット、残りは130ヤード。「渾身のショット」というピッチングウエッジの第2打は、50センチについた。上り3連続バーディーの完成。首位に並んでホールアウトした。
プレーオフに備えて「体を動かして、気持ちをほっとさせないようにしていた」という。2組後の清水の状況を周りが伝えてくる。「プレーオフかどうかは神のみぞ知るだけど、本心はやりたくないよね」と本音も出る。清水がボギーにした瞬間、周りにいたプロ仲間が駆け寄り握手攻めに。大逆転で、3年ぶりに優勝を遂げた気分を満喫した。
2週間前の日本シニアオープンで、レギュラー時代以降、長年使っていなかった長尺パターを引っ張り出した。「パッティングが悪くて、いつもドキドキしながらやっていて、もう我慢できないぞと思った」。ボロボロになっていたグリップを入れ替えて使ったところ「ドキドキしなくなった」と、安心感があった。「ゴルフは、いいものはすぐリセットされて、悪いものが積みあがっていく。悪いものをいかに早くリセットできるか、長尺だとリセットが速いと感じた」と、思い切って正解だった。
ひそかに心配していたのが、賞金シード権の確保。本大会前は賞金ランク32位で圏外にいた。11月にはテレビ解説の仕事があり、今季残りは4試合しかない。「1試合100万円、と思っていた」が、優勝賞金500万円でおつりが来た。「あと4試合、どれだけ気楽にできるか」と余裕もできた。
「4年ごとの優勝の周期がずれたのがうれしいね」と笑う。1年に2勝以上しても構いませんが。「う、うん、そうだよね」。次週は日本プロシニア。シニア入りして初優勝(2010年)した思い入れのある大会だ。「この勢いで行きたいね」。今季2勝目を狙ってみたい。
(オフィシャルライター・赤坂厚)