首位スタートの白潟英純がスコアを伸ばせずにいる一方で、4位スタートの伊澤利光が69で回り通算8アンダーで逆転。初めて父の帯同キャディーを務めた愛息・丈一郎さんの前で嬉しいシニア初優勝を飾った。伊澤は、優勝賞金700万円を獲得し、賞金ランキング12位にジャンプアップ。1打差2位にはシニアルーキー塚田好宣が入った。
最終日最終組の4選手。1番パー5でバーディーを奪ったのは、2位タイ発進のプラヤド・マークセン一人だけだった。首位の白潟英純はティーショットをOBエリアに打ち込み、早々に2打落とした。
マークセンは4番パー5ホールでもバーディーパットを決め、通算8アンダーにスコアを伸ばし、2位に2打差を着ける。「追われるよりも追う展開の方が自分には合っている」と前日そう話していたマークセンだったが、4ホール目にして早くも追われる立場になったのだった。
大会開催地の福岡県に神奈川県から移り住んで今年で20年目を迎える伊澤利光は、マークセンとは正反対だった。「逆転優勝はあって1、2回あるかどうか。これまで(の優勝)は、逃げ切りばかりですからね」と最終日を前に、そう口にしていた。まさに「猛追」を得意とするマークセンと、「逃げ切り」を得意とする伊澤が、苦手な試合展開を繰り広げることになったのだ。
伊澤はスタートホールからパープレーを続け、6番パー4ホールで2メートル強のバーディーパットをねじ込むと、7番パー3ホールでは8メートルの距離のパットを一発で沈めて連続バーディーを奪取する。同ホールでマークセンがボギーを叩いたことで、両者が首位の座を分け合う。通算7アンダーでハーフターン。サンデーバックナインの10番パー4ホール。マークセンは2打目距離をミスジャッジし、グリーンをオーバー。3打目を寄せ切れず、ボギーとして一歩後退する。
「スコアボードが多くはなかったので、他の選手の動向を把握しづらかった。ですから、最終組の中でのスコアを基準にし、それよりもスコアの良い選手が前で回っている選手の中に一人二人いるかも、とは思っていました」と伊澤は振り返った。
実際は、優勝争いに加わるほどスコアを伸ばしている選手は皆無だった。
伊澤は12、13番ホールでの連続バーディーでマークセントの差を3打に広げることに成功した。
迎えた最終18番パー5グリーン。バーディーパットを外したマークセンは、カップインを終えるとグリーンサイドに立ち、サングラスを外し、その柄を噛みちぎるような仕草をしたのだった。一度は逆転首位に立ちながら、その座を譲らざるを得なかった不甲斐ないプレーに憤ったのだ。人前で悔しさを爆発させる姿は、あまりにも珍しかった。
「バーディーパットが入らなさ過ぎた。だから、せめて、優勝には届かないけれど、最後のバーディーパットくらいは決めたかったんです。それさえ入ってくれなかったで…」。マークセンは、自分の怒りを抑え切れなかったことも悔いたのだった。
ウッドクラブのシャフト硬度を以前よりも硬くするとともに、クラブバランスを変えていた。「しっくり来なかったので、ドライバーはD0にしてフェアウエイウッドはD1に、アイアンだけはD2のままにしたのです」。ドライバーが重く感じていたことから、クラブバランスをフローさせて、振りやすさを導き出したのだ。
「お陰でスイングとクラブセッティングがマッチングしました。この感覚は賞金王タイトルを獲った時以来ですかね」。感覚とスイングの合致でショットが俄然安定し始めた。自身を持ってアドレスに入れる自分がいた。(富士フイルムシニアくらいには、すべてが整う)感触も沸いていた。
その予想を2週間も早まる結果が待ち受けていた。今大会では息子・丈一郎さんの願いを受け入れ、帯同キャディーとして親子で臨んだ。優勝する父親の姿を目の前で見せたい思いが強まる。
安定したショットでスコアを紡ぎ上げ、通算9アンダーで迎えた最終18番パー5ホール。ドライバーショットを引っ掛け、ボールは落ち枝の間に捕まり、2打目は20ヤードほどしか打ち出せず、パーオンを逃しての4オン。パーパットはカップ手前で止まった。
タップインしようとした瞬間、スタンドから声が上がった。「入れちゃダメ!」。ウイニングパットを残すようにというギャラリーからのリクエストだった。伊澤は苦笑い。最終組の3人がカップインを終え、そして、伊澤は2007年の日本プロゴルフ選手権以来、12年ぶりとなるウイニングパットを、帯同キャディーを務めてくれた息子の目前で沈めたのだった。
優勝スピーチでは、淡々と話していたが、「今回は息子が…」と口にした瞬間、込み上げるものがあった。言葉を詰まらせる。「これまで優勝して涙を流したことなど1回もないんですけどね」。シニア入り2年目での初優勝を、家族の前で飾れた。現役時代とは違って体もスイングも微妙な変化があって当然だろう。もっとも変わったのは、涙腺かも知れない。家族と分かち合った嬉し涙は、シニア伊澤の新たな栄光を輝かせ始める合図になるだろう。
(PGAオフィシャルライター 伝昌夫)