「これからもっと雨風が強くなるから大変ですよ」。ホールアウトした桑原克典は、ビショビショに濡れたレインウエアを脱ぎながら、まだラウンド中の選手たちを思って、そう呟いた。
正午の天候は雨。気温16・3度。風速2・2メートル。だが、午後に入ると風雨は一段と強まった。傘の柄を両手で掴んでいないとどこかへ飛んで行ってしまいそうだった。「人生で一番の雨風ゴルフを体験させてもらいましたよ」と苦笑いを浮かべながら雨滴がタップリ着いたクラブを拭いている帯同キャディーもいた。
通算7アンダー単独首位のプラヤド・マークセン。2打差2位の谷口徹、さらに1打差3位タイの手嶋多一が最終組でラウンド。
大会3連覇が懸かったマークセンを「(2回)勝っているだけに自信もあるだろうし、コースのこともグリーンのことも良く知っているだろうし。それにマークセンは飛ぶし、アイアンショットもアプローチショットもパットも上手い」と評していた谷口。同組でのラウンドで2打差を縮めるのは至難のようにも感じていたのかも知れない。この日の雨と風は追う立場の選手にとって、追いつくためのハードル数がさらに増えたも同然だった。
最終組でただ一人レインウエアを着ずに18ホールを回り切ったのは谷口だった。気合いが入っている表れではなく、雨が強まって着ようとした時にはすべで全身びしょ濡れになっていた。「だから、濡れ切ったウエアの上に着込んだら、逆に体の動きが悪くなると思った」のが未着用の真の理由だった。
マークセンがスタート1番パー4ホールでバーディー発進。2番パー5ホールでボギーを叩くが、すぐに3番パー3ホールのバーディー奪取でバウンスバックに成功。谷口との差を3打差に広げたのだった。
「マークセンは本当に上手い。(ゴルフが)簡単そうに見えました。こっちは必死に耐え忍んでいるのに…」
前半9ホールを終え、谷口とマークセンがそれぞれ1打ずつスコアを伸ばし、手嶋は4打落として首位争いから早々に脱落する。
「(ストローク差を)あまり離されないように、必死にプレーしました。パー5ホールで2回3パットはしましたが、それ以外はパットのフィーリングが良かった」。
何度かあったボギーピンチは好調パットで凌ぎ、後半に入って11番パー4ホールで4メートルのバーディーパットを決め、17番パー3ホールでも4メートルをねじ込む。通算8アンダー。一方のマークセンは16番ホールに続いて17番ホールでもボギーを叩き、ついに谷口が首位に並んだのだった。
最終組が最終18番パー5ホールを迎えた。風速は8メートルとなり、ホールを取り囲む木々は枝を揺らし続けていた。
右からのアゲンスト。ピンまで127ヤードの3打目を目の前にして、谷口は8番アイアンを取り出した。風に負けない球をダウンブロー気味のハーフショットで打とうとしたが「フェースが少し開いてしまった」ボールはグリーン右サイドに乗っただけだった。バーディーパットはカップを2メートルオーバー。返しのパーパットを外す。このボギーのフィニッシュによって、パーセーブしたマークセンに谷口が自ら首位の座を譲ったのだった。
「今日は根性で頑張りました。パットが良かったけれど、最後のホールだけはフィーリングが出ませんでした。雨でボールがフライヤーしたり、ドロップしたりしてショットは良い感じではないのに、(一旦首位に)追いついた時は奇跡だと思いましたよ。マークセンはピタピタッとピンに着けていて楽しそうでした。1打差だなんてラッキーです。(最終日)雨が止んだらもう少し良いショットが打てるだろうし、パットのフィーリングが良いから、パットでプレッシャーを掛けて行かないと」。谷口は明日の最終日のゲームプランをほんの少し吐露した。
今からちょうど13カ月前、日本プロゴルフ選手権の最終日。首位との1打差を追いつき、雨中決戦となったプレーオフを制して逆転優勝を飾ったことを谷口はラウンド中に思い出したという。
「追いつき、そして逆転勝ちする」。
そのイメージを再現したい気持ちが、改めて強まった。ストップ・ザ・マークセンの最終章を、谷口はすでに頭の中で書き上げているように思えてならない。
(PGAオフィシャルライター 伝 昌夫)