「ファンケルクラシック」の最終ラウンド。首位4打差9位スタートの秋葉真一がラスト2ホールをバーディー、イーグルフィニッシュでスコアを伸ばし通算10アンダーで一気に首位に立ちクラブハウスリーダとなる。最終組がスコアを伸ばせない中、最終18番ホールで阿原久夫と田村尚之が10アンダーに追いつき、3名のプレーオフ決戦へ突入。1ホール目でイーグルパットを決めた田村が念願のファンケル優勝を果たし、シニア2勝目を挙げた。髙橋勝成が2日連続でエージシュートを達成。今年に入ってからのエージシュートは6回目、シニアツアーでは計14回達成している。
ショットとショットの合間に田村尚之は空を見上げる。そんなシーンをラウンド中に何度繰り返しただろうか。鉛色の雲に覆われた空は雨滴を時折落とす。それでも雲の間から陽が差すこともある。呼吸をしているような風がコースを吹き抜ける。3人によるプレーオフ決戦となった1ホール目、田村はイーグルパットをねじ込むと鉛色の空を払い飛ばすほどの歓喜のジャンプを2度、3度と繰り返し、そして涙を拭ったのだった。
通算8アンダー首位タイ。最終組でスタートした田村は前半でスコアを伸ばせずにいた。パットが決まらない。カップに届かない。3番ホールでボギーを先行させ、8番ホールでは3パットで2つ目のボギーを叩いた。乱視によって右サイドが高く見えてしまう。パットラインを読み切れない。首位とは4打差にまで順位を下げてしまった。
田村が大会初出場した14年大会からコンビを組む鈴木美保さんは結婚したことでハウスキャディーを辞めていた。鈴木さんがパットラインの読みが抜群だったことから、田村はあえて帯同キャディーを依頼しコンビ再結成で大会に臨んでいた。気心の知れた帯同キャディーは喝を入れた。「昨日も(スコアを落としたものの)カムバックしたじゃありませんか。今日もカムバックですよ」。
勝負のサンデーバックナイン。10番ホールでのバーディー奪取で息を吹き返す。「昨日からパットを打ち切れていませんでした。とりわけスライスラインが入らない。一方、フックラインは得意でした。ショットはピンに絡むけれどパットが思うようにならない。一度決まれば(入りまくる)…とは思っていました」15番、17番ホールでもバーディーパットをねじ込む。首位と1打差までカムバックして迎えた18番パー5ホール。2打目地点でツーオンを狙うとかどうかと逡巡する。「ここまで(スコアを戻して)来たんですよ。(ツーオン狙いで)行かないと!ですよ」。
田村は決断した。3番ウッドでピンを狙う。ボールはグリーンを捕らえた。ツーオンを成功させてのイーグルトライ。帯同キャディーが読んだパットラインに向かって打ち出す。ボールはカップをオーバー。返しのパットを沈めてバーディーフィニッシュ。「とにかく強く打ってくれ!とアドバイスを受けていました。『よく打ちましたね』とキャディーさんに褒められました」と田村は笑った。通算8アンダー・首位タイとして秋葉真一、阿原久夫とのプレーオフに持ち込んだのだった。
2019年大会。優勝したプラヤド・マークセンとソク・ジュンユルとの3人プレーオフで田村は敗れていた。「本戦をはじめ、練習ラウンドで18番ホール2打目地点から3番ウッドでグリーンを狙うショットを何回も打っていましたからね」。
21年大会でのプレーオフ1ホール目でも田村は3番ウッドでツーオンを果敢に狙った。ピン位置はグリーン左から9ヤード、手前から32ヤード。奥目のピン位置が幸いした。ボールはピン奥4メートルのカラーに止まってくれた。秋葉のイーグルパットは外れ、阿原は4オンした。入れれば優勝のイーグルトライ。帯同キャディーの読みは田村が得意とするフックラインだった。自身を持って打ち出したボールはパットラインに乗った。それを見て確信した。入る。ボールはカップに消えた。田村は両手を広げて飛び上がった。着地してはまた飛び上がる。心の叫びを体で表現してみせた。「勝った!勝ったぞ!」と--。
今年2月、最愛の母・幸子さんが90歳で他界した。天から見守ってくれた母にシニア通算2勝目達成を伝えるようでもあった。「シニアでプロになって活躍する第1号になれ!と倉本(昌弘)会長から後押しされてこの世界に入りました。最初は5年プレー出来ればと思っていましたが、こうして7年もプレーできることに感謝しています」と田村。
優勝インタビュー後、空を見上げた。小説や映画のワンシーンように青空がほんのわずかに顔を出し、そして虹が掛かっていた。その虹が亡き母の笑顔の目のように思えてならなかった。
(PGAオフィシャルライター 伝昌夫)