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シニアツアー

【日本シニアOP/FR】藤田寛之が念願だった日本シニアオープン優勝、シニア通算3勝目を飾る

2023年09月17日

 日本ゴルフ協会主催「第33回日本シニアオープンゴルフ選手権」の最終ラウンド。首位と1打差2位スタートの藤田寛之が(54)が3バーディー1ボギー、通算10アンダーで逆転し日本シニアオープン初制覇を飾った。2位には1打差で前年覇者プラヤド・マークセン(57)、山添昌良(55)が続いた。最終日首位スタートの宮本勝昌(51)は7アンダー6位タイで大会を終えた。

「改めて優勝ってなんなんでしょうね。自分でもびっくりするくらいです。シニアになって思うようにいかなすぎで」と、優勝会見でチャンピオン藤田は首をかしげた。

 藤田の最終ラウンドは序盤から苦しい展開だった。チーム芹澤の同門で後輩の宮本勝昌との2サムラウンド。お互いのプレーを意識する中で、藤田は「現在最強シニア」と評価する宮本とゲームを進めた。

「前半は本当にショットがぜんぜんフェアウェイに行かず、グリーンにも届かず。ラフに入ったりバンカーにつかまったり非常に苦しかった」と振り返ったように、スタート1番から5番までショットが左右にぶれる中で、なんとかパーセーブを続ける。6番パー5でようやく花道からアプローチで寄せてバーディー。9番パー3では6メートルの距離をジャストタッチでカップイン。この時点で10アンダーとし首位に立った。

 チャンスを伺いながら迎えた14番パー5。「キーポイントにしていたのでバーディーを獲って2打差にしたかったのですが」と不本意なパーセーブ。続く15番ではティーショットをラフに入れ、フェアウェイに出すだけの状況。勝負をかけたパーパットも決まらずにボギーとしてしまう。「この時点で9アンダー首位並んでいたということは意識していました」。藤田はラスト3ホールに勝負をかけることにした。

 しかし16、17番とショットも安定せず、ピン位置の難しさに苦戦してスコアが伸ばせない。迎えた最終18番パー5。ティーショットが左からの風に流されてラフへ。スタイミーになりそうな木も視界に入ったが、ライも良く、抜けそうなエリアを狙って、フェアウェイに戻すことに成功。サードを1.4メートルに着けた。「このパットを外したら、プレーオフ。3パットしたら負ける」とよぎり、下りのラインに手が震えたが、見事にカップイン。藤田は「運も味方した」というが、これも実力と経験則から生まれた結果。レギュラー時代から念願だったナショナルオープンのタイトルを、シニア入り4年目にして手中に収めたのだった。

 プロゴルファーとして一度は手にしたい日本タイトル。藤田は30年というプロ人生で「最高のタイトル。ゴルフ人生の誇り」だと優勝を喜んだ。「日々のちょっとした頑張りが、こうしてご褒美になるのかもしれません。レギュラー時代に日本オープン優勝を目標に、努力をつづけてきたけど、手に届かなかった。そうこうしてシニア入りして、まだまだ元気な先輩たちから刺激をいただいて、ゴルフがまだ半ばなのですが、昨日より明日の成長を願ってプロゴルファーを続けています」と藤田の熱い想いが言葉になって溢れてくる。

 昨年スターツシニアでシニア初優勝を飾り、見えてきた海外シニアメジャーのチャンス。賞金ランキング2位という座を獲得して、今年は念願だった全米プロシニア、全米オープン、さらに全英シニアオープンの3戦に出場。出場したからこそ得られたのが世界トップレベルのゴルフとシニアの捉え方だ。

 「自分の場合は45歳前がゴルフのピークでした。気力を保つために、トレーニングを続けることで頑張れていた。だけど疲れやケガがつきもので、そのたびに気力が削られていって」。レギュラーツアーでは40代で12勝をマーク、43歳で賞金王と長いスパンで活躍をつづけたが、年齢を重ねると努力しても思うようにいかないことが多くなってきた。

「今自分は下り坂にいます。ピークを登るときは圧が必要ですが、下りはケガをしてしまうので、せっかくだから楽しみながら下りたい。楽しみたいって思ってゴルフしています。楽しむためには、シニアなりの準備をすることなんでしょうね」。54歳、藤田は冷静に自分の足元を見つめている。「全米プロシニアで同組だったベルンハルト・ランガーは65歳。毎日トレーニングを続けていると聞いて、自分の下り坂は大したことないかなって。みんなそうやって下り坂の中でもスコアをまとめて優勝を目指している。シニアで優勝という夢を追い求めてチャレンジできる。まだまだこれからの人生頑張っていこうと思います」。

 藤田は優勝スピーチで「プロとしてゴルフで最高のタイトルを獲ることで恩返しができれば」と、スポンサーやサポートしてくれている方々に一礼した。そして「タッグを組んで3年目になる帯同キャディ小沼さんにも感謝しています」と普段はなかなか伝えることができない暖かいメッセージを言葉にした。最終ラウンドで着用した藤田の黄金色のウエアが、能登の夕日を浴びて輝いた。